駒宮神社(こまみやじんじゃ)

駒宮神社(こまみやじんじゃ)境内

駒宮神社(こまみやじんじゃ)

神社の由緒

駒宮神社は、初代天皇の神武天皇が幼少期を過ごした少宮趾として伝えられていて、創建は不詳ですが、日向地誌に「文武天皇の大化元乙未創建、神武天皇を祭る」とあり、697年(文武天皇元年)とも伝わっています。江戸時代の前期(西暦1645~1648年)に火災で焼失していますが、同じく江戸時代の元禄年間(1688~1704年)に再興しています。明治維新に際し、平山神社となりましたが、のちに駒宮神社と改められ、地元の人々からは「駒宮さん」として親しまれています。ご祭神は神武天皇で、古くから安産をはじめ子授け、夫婦円満の御利益があるとされ信仰されています。
また、神武天皇が愛馬「龍石」を放したとされる立石付近は、日本最古の牧場と言われており、藩政時代には優秀な馬を引き駒宮神社へと参る風習がはじまり、この地は「シャンシャン馬」発祥の地ともいわれています。

左右の馬が守る駒宮神社鳥居左右の馬が守る駒宮神社鳥居

神話とのゆかり

宮崎県高原町の皇子原で生れた神日本磐余彦天皇(かんやまといわれびこのすめらみこと)後の神武天皇は、同じく高原町の狭野の地で幼少期を過ごし、日向の国で政治(まつりごと)をお取りになる前にここで過ごしたとされています。
ここ駒宮神社には、神武天皇が宮崎の宮へ向かわれる際に愛用の鉾を収めたとされる巨石の窟や愛馬の「龍石号」をつないだとされる「松」などが残っています。

>>>宮崎神話が5分で理解できる簡単解説ページ
駒宮神社拝殿駒宮神社拝殿

みどころ

御鉾の窟跡(みほこのいわやあと)

駒宮神社の3つのパワースポットの一つで本殿の左側の石段を少し上ったところにある巨石。神武天皇が宮崎の宮へ向かう際に愛用の鉾を収めたとされる洞窟跡で、霊験あらたかな聖地として巨石の前で神事を行った祭場跡と推測され、多くの参拝者が訪れるパワースポットとなっています。

御鉾の窟跡

竜神様

3つあるパワースポットのその2は、御鉾の窟跡の巨石に現れた竜神様。
神社の由緒によると、「海釣りを好まれたお若いころの神武天皇が、神社近くの日向灘の海面上で竜神様と暫し問答のうえ、龍馬を授かり「龍石」と命名され馬術の稽古をされ、よく愛でられたと伝えられる」と紹介している。

顕現した竜神様顕現した竜神様

駒宮神社の陰陽石と銭石

3つめのパワースポットは、御鉾の窟跡の右わきにある陰陽石。陰陽石の周辺からは平らで丸い石が数多く出土されていて、お賽銭代わりに使用されていたのではと推測されています。
陰陽石は古くより「安産」「子授け」「夫婦円満」の信仰が集まっています。

陰陽石陰陽石

日向シャンシャン馬発祥の地

本殿脇には、神武天皇とのゆかりや日本最古の牧場、シャンシャン馬発祥の地を象徴する神武天皇と愛馬龍石号の像が立っています。
神武天皇がこの地を発ち宮崎の宮殿へ向かわれたとき、途中で愛馬龍石号を放されます。その地は龍石号の名から「立石」の地名となり、のちに日本最古の牧場となったと伝わっています。その後、駒追の際には必ず駒宮神社に参る風習となり、例祭には近隣の多くの農耕馬が鈴をつけて着飾り、馬踊りの奉納や馬の競り売り等が行われ、シャンシャン馬の原形となったと言われています。

神武天皇と愛馬「龍石号」の像神武天皇と愛馬「龍石号」の像

ペット守護之宮

神武天皇が龍神様より御神馬を授かり龍石号と名づけられ常にお供されたと伝えられており、御本殿に祀られている神武天皇と愛馬の御分霊をこの「ペット守護之宮」にお祀りしています。ペットを飼われている方はぜひ参ってみてはいかがですか。

ペット守護之宮ペット守護之宮

えにし地蔵尊

鳥居をくぐった右手には「子育て地蔵尊えにし」と呼ばれるお地蔵様が並んでいます。えにし地蔵尊は、現在健やかに育っている子供がいっそう元気で幸福に育ってほしいという願いをお地蔵様に託して建立されています。また、この世の光を受けることができなかった子ども様も重ねて神仏加護の元に冥福を祈ることができるお地蔵様となっています。

えにし地蔵尊えにし地蔵尊

御朱印

書置きですが御朱印と一緒に駒宮神社の由緒が書かれていて、無病息災と運気上昇の2種類があります。
初穂料は500円で、本殿手前の受付で頂けます。受付の時間は9:00~16:00となっています。

駒宮神社の御朱印駒宮神社の御朱印
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神社の概要

住  所:宮崎県日南市大字平山1095番地
電  話:(0987)23-8520
御 際 神:神武天皇(じんむてんのう)
御 神 徳:無病息災・安産・子授け・夫婦円満
創  建:不詳 697年(文武天皇元年)とも伝わる

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